逃げずに救助「誇り」 <3月25日◇ふんばる 3.11大震災 河北新報>

■警備会社セコムの社員、石川裕一さんは石巻市総合支所で亡くなった。

逃げずに救助にあたり行方不明に 3月25日河北新報社の記事

 

■悲しみを抑え長男捜す

石川祐一さん(49)、妻貴美子さん(49)=宮城/大衡

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 壁は破られ、柱はむき出し。北上川の河口、石巻市北上町の市北上総合支所は破壊されていた。
 「おっかなかったべな。やんだくなる波の高さだ。悔しいな」
 宮城県大衡村の農協職員石川祐一さん(49)と妻貴美子さん(49)は語り合う。長男拓真さん(27)がここで不明になった。  拓真さんは警備会社セコムの社員。11日、同総合支所の現金自動預払機(ATM)に、現金を補充に訪れた。そこへ地震と大津波が襲来した。

 職場から連絡を受け、夫婦は13日から連日、北上町地区に入っている。
 大衡村から約60キロ、軽トラックで2時間の道。がれきの山を歩き、現地の病院と遺体安置所を回る日々だ。ガソリンは親族らから分けてもらう。

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 2人が聞いた「その日」の拓真さんは、大津波警報発令後も支所に残ったという。支所職員らと協力し、近隣住民ら70人余りを2階に避難させた。歩けない高齢者をおぶり、車いすを抱えて。
 警備に携わる者の使命感か。「的確な判断だった。ただ、津波があまりに大きかった」。居合わせた支所職員牧野輝義さん(42)が証言する。
 水は1階から2階に上がり、腰の高さまで迫った。「窓を開けて水を逃がそう」と拓真さんは叫んだという。それでも増水の勢いは止まらず、牧野さんは外へ流された。拓真さんの姿も見失った。
 拓真さんと2人一組で訪れていた青森県出身の同僚男性も不明のまま。
 牧野さんは漂う角材につかまって生きた。「支所で偶然一緒だったが、心強かった」。被災者支援に追われる牧野さんの目に、ヘルメットと防弾チョッキ姿の拓真さんが焼き付いているという。
 逃げずに人命救助を優先した拓真さん。「当然の行い。おっとりした子だと思っていたのに。私の誇りだ」。石川さんは自らに言い聞かせる。

 17日が27回目の誕生日だった。妹2人が、家にある粉ミルクやホットケーキの粉でケーキを作った。 「Happy Birthday たくま」と家族7人で祝った。
 「誕生日までに見つけたかった。もっと山の方へ逃げてほしかった」。貴美子さんも、母として無念の思いを隠せない。

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 石川さん夫婦は毎朝、軽トラックにおにぎりや野菜、下着類などを積んで、牧野さんら支所職員が詰める対策本部に届けている。北上町地区は津波で多くの家屋や田畑が流された。
 「苦しんでいるのは私たちだけじゃない。助け合わな くては」
 友人らも現地の窮状を聞いて、炊き出し隊を準備中だ。他人のために身を投げ出した拓真さんの思いを受け継ごうと。
 「家に連れて帰って、添い寝してやりてえ」。石川さんは24日、捜索の現場に重機を入れた。自ら操作する。支所から約1キロ流された現金輸送車にあった、息子の運転免許証入りの財布を胸に。 (片桐大介)


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大津波への対応