津波の前 必ず引き潮=「誤信」悲劇 【岩手県大槌町】
                    <5月1日・河北新報>

■「津波が来る前には必ず潮が引く」という津波の前兆を信じていたことが、1600人を超える死者・行方不明者を出した惨劇の一因にもなった。

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津波の前 必ず引き潮との誤信から悲劇を招いた大槌町に関する河北新報社の紙面

 

■記事のテキスト

「誤信」悲劇 津波の前 必ず引き潮

 「津波が来る前には必ず潮が引く」。過去に津波を経験した三陸沿岸の住民の多くは、そう信じていた。岩手県大槌町では東日本大震災で、引き潮がなかったように見えたため、潮が引いてから逃げようとした住民を急襲した津波がのみ込んだという。
津波の前兆を信じていたことが、1600人を超える死者・行方不明者を出した惨劇の一因にもなった。

岩手・大槌 死者・不明者1600人

 3月11日午後3時すぎ、大槌町中心部の高台に逃げた住民は、不可解な海の様子に首をかしげた。大津波警報は出されていたが、海面は港の岸壁と同じ高さのまま。潮が動く気配がなかった。

 「潮が引かない。本当に津波が来るのか」。そんな声が出始めた。
 大槌町中心部は、大槌川と小鎚川に挟まれた平地に広がる。津波の通り道となる二つの川の間に開けた町の海抜は10メートル以下。津波には弱い一方で、山が近くに迫り、すぐ避難できる高台は多い。

海面動かず約20分 高台下る住民

濁流 3方から一気

 高台にいた住民らの話では、海面に変化が見えない状態は20分前後、続いたという。
 JR山田線の高架橋に避難した勝山敏広さん(50)は「避難先の高台から声が届く範囲に住む住民が『潮が引いたら叫んでくれ。すぐに逃げてくるから』と言い、自宅に戻った。貴重品を取るためだった」と証言する。

 複数の住民によると、高台を下る住民が目立ち始めたころ、港のすぐ沖の海面が大きく盛り上がった。
 勝山さんは信じられない現象に一瞬、言葉を失った。「津波だ」と叫んだ時には、既に濁流が町中心部に入り、自らの足元に迫った。
 「なぜ潮が引かないのに津波が来たのかと、海を恨んだ。自宅に戻った人を呼び戻す機会がなかった。引き潮があれば、多くの人が助かった」と勝山さんは嘆く。
 住民によると、津波は大槌川と小鎚川を上って川からあふれ、濁流が町中心部を覆った。少し遅れて、港中央部の海側から入った津波が防潮堤を破壊し、なだれ込んだ。

 町中心部の銀行の屋上から目撃した鈴木正人さん(73)は「2本の川と海の3方向から入った津波が鉄砲水のようになって住民と家屋をのみ込んだ。やがて合流し、巨大な渦を巻いた」と振り返る。

 東北大大学院災害制御研究センターの今村文彦教授は「引き潮がない津波もある。津波の前に必ず潮が引くという認識は正確ではない。 親から聞いたり、自らが体験したりして誤信が定着していた」と指摘。
 近隣の山田湾などで潮が大きく引いたことから、大槌湾でも実際は潮が引いていた可能性が高いと分析し、 「湾の水深や形状から潮の引きが小さくなったことに加え、港の地盤が地震で沈下し、潮が引いたようには見えにくかったのではないか」 と推測している。 (中村洋介、遠藤正秀)


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大津波への対応