沖出しの是非・水深50mまで到達できるかが明暗を分ける
<5月14日◆焦点 3.11大震災・河北新報>
■津波から船を守るための「沖出し」で明暗を分けた事例。≪明≫=リアス式海岸のため、岸から水深の深い場所までの距離も短かった南三陸町歌津の石浜地区。≪暗≫=水深50メートルの所まで、浜から約32キロはある遠浅の海に面する宮城県山元町の磯浜漁港。「沖出し」の決断には浜の立地条件を把握しておくことが必要だった。
不鮮明で読み辛いが、明暗を分けた事例の記事に関しては、一見して内容が分かりやすく編集してある河北新報社の紙面をまず掲載する。↓
◇記事のテキスト◇
「地震が来たら沖に出ろ」。船を守るため、各地の漁師たちの間で言い継がれてきた先人の教えだ。東日本大震災では、 沖に出て津波を乗り切った船がある一方、波にのまれた船もあった。津波から逃れるため漁船を沖に避難させる「沖出し」は、
そもそも危険な行為と言われる。明暗を分けたのは何だったのか。沖出しは是か非か。
(勅使河原奨治)
無事/浜の立地・水深幸い 【南三陸町歌津・石浜地区】
沖に出た18隻の全てが無事、港に戻った。宮城県南三陸町歌津の石浜地区。「沖出し」の成功は、浜の立地や水深、津波の高さなど好条件の重なりが背景にあった。
石浜の漁師佐藤登志夫さん(63)は、小型船で岸壁近くの測量を手伝っているとき、地震の揺れを感じた。「岸壁の突端で、潮がざわめくように緩やかな渦を巻いていた」。即座に港に戻って、測量業者を降ろした。中型船に乗り換え、沖を目指した。
佐藤さんの出港後、潮が徐々に引き始めた。加藤良明さん(59)は地震から約20分後に港を出た。港の水深が浅くなったため、船外機を斜めに上げ、かじを取った。18隻目が出発したのは地震の約30分後だった。
加藤さんは「波があと10分早く来ていたら、半分ぐらいがのまれていただろう」と振り返る。
18隻は港から約500メートル沖合、水深約30メートルの地点で最初の津波を乗り切った。「第1波が小さかったのも幸いした」と佐藤さんは言う。
沖合に大きな第2波が見えた。船団は沖合約1キロ、水深50~70メートルの海域にさらに避難した。「船は波にふわりと乗るように上下に動くだけだった」(佐藤さん)。振り向くと、第2波が港を襲っていた。
船団は押し寄せたがれきと連発された津波警報で、港に戻れず、海上で3夜を過ごし、3月14日の朝に港に戻った。
石浜地区は歌津半島の先端部分に位置する。湾の奥行きは約350メートル。湾を出るとすぐ外洋に面する。リアス式海岸のため、岸から水深の深い場所までの距離も短い。
漁師の佐藤孝悦さん(61)は「好条件が重なって船を守れた。無事だった船で早く漁を再開し、地域を元気にしたい」と語る。
被災/遠浅の海、引き潮急 【宮城県山元町・磯浜漁港】
「俺は行く」。そう言って海に向かった男が、再び浜に戻ることはなかった。宮城県山元町の磯浜漁港。経験のない激しい揺れに漁師たちが沖に船を出すか、陸に逃げるかで迷う中、ただ一人、沖に出た。
磯浜の複数の漁師によると地震当時、浜では10人ほどの漁師が漁具の整理などをしていた。
男性は地震の約10分後に港を出た。間もなく、港に変化が表れた。「波が『ぴちゃぴちゃ』と小刻みに揺れ、潮が引 いていった」(地元漁師)
磯浜の漁師星義雄さん(83)は家族を避難させるため、いったん自宅に帰り、港に戻った。
「船を出そうとしたが、もう出せないくらい潮が引いていた。無理に出港していたら、自分も駄目だっただろう」
星さんら数人の漁師は、近くの高さ約20メートルの磯崎山公園に登った。海を望むと、数百メートルにわたって海の底が見えたという。
「1キロ以上沖合で、引き潮で水深が異常に浅くなり、動けなくなっている船が見えた。男性の船だったのかもしれない」と星さんは言う。
磯浜の海は遠浅だ。津波の影響を受けにくい目安とされる水深50メートルの所まで、浜から約32キロはある。一般的な漁船の速度は10~20ノット。20ノット(時速約37キロ)出る漁船でさえ1時間近くかかる計算だ。
地震の約1時間後、磯浜を津波が襲い、波は磯崎山公園にいた漁師たちの膝元にまで達した。
数週間後、一人沖に向かった男性は相馬沖の海底で見つかった。真っ二つに割れた船の片方にロープで体を縛り付けていたという。
磯浜の漁師たちは「最後まで船と一緒だった。船が遺体の場所を教えてくれたのだろう」と悼んだ。
基本的には危険行為/津波で操船不能・転覆の可能性/避難海域、詳細に設定を<別紙面をテキスト化>
津波が襲来するとき、漁師たちはどう行動したらいいのか。水産庁は2006年3月に策定した「災害に強い漁業地域づくりガイドライン」で、対応方法を示している。
(1)漁船が沖合にいる場合は、水深50メートルより深い海域に避難する
(2)陸上や海岸部、漁港内にいる場合は陸上の避難場所に逃げる
が基本線だ。
ガイドラインでは、沖出しした漁船は津波の流速で操船不能になったり、砕けた波に巻き込まれたりして転覆する可能 性が高いと指摘。
津波は水深の浅い場所へ向かうほどエネルギーが凝縮されて大きくなるため、影響を受けない一時的な避難海域をおお むね水深50メートル以深としている。
さらに大きな津波が予想される場合は、より深い水域への避難を求め、津波を乗り切っても、海上で6時間以上は待機 することを求める。
50メートル以深という指針自体も「全国的に適用する際の目安」(ガイドライン)にすぎない。地域によって湾の形やもともとの水深、想定される津波の高さも違う。ガイドラインは「詳細な避難海域を設定するためには専門家らの助言 を踏まえることが望ましい」と示している。
岩手県や宮城県北部の沿岸は、深い谷が海に沈んで形成されたリアス式海岸のため、港から比較的近い所で水深50メートル地点に達する。一方で仙台湾以南は遠浅のため、水深50メートルラインは港から30キロ以上離れている。
ガイドラインの策定に携わった東北大大学院災害制御研究センターの今村文彦教授(津波工学)によると、港に停泊中の船を沖合に出す場合は(1)始動までの時間(2)港出入り口部分での渋滞(3)養殖棚の点在―などの悪条件から、
避難海域に到着するまでに想像以上に時間がかかるという。
今村教授は「沖出しは基本的には危険な行為」と前置きした上で「もし沖出しをする場合は、事前に安全が確保できる 避難海域を設定すること。避難訓練などで、そこまでの到達時間を把握することが最低限の条件だ」と強調する。